閩南語と台湾語
福建省のことば「閩語」
福建省を中心に話されている方言は「閩(びん)語=閩方言」で、推定話者人口7,000万人とされています(漢民族総人口の4パーセント程度)。福建省のみならず、出自を福建省に持つ華人・華僑により台湾をはじめとして、シンガポール・マレーシア・タイ・フィリピンなど東南アジアの華人コミュニティーでも使われています。英語では「Hokkien」としばしば表記されます。なお、「閩」とは清代の学者段玉栽の『説文解字注』によれば、「蛇」を意味する漢字です。
閩語のルーツは後漢末期~三国時代当時の呉国の言葉であり、この時期に地理的条件から中国大陸で漢民族の流入が一番遅かった福建に江蘇・浙江一帯から漢民族が移住し始めたことで福建の閩越族の言語との融合を経て、形成されていったとされています。
閩語は方言間の差異が大きく、「十里不通音(十里離れただけで言葉が違う)」という言われるように、時として方言同士で意思疎通が図れないこともあり、「ある集落が山をひとつ越えただけの隣の集落と意思疎通が図れない」というケースもあるとされています。
閩語は一般的に以下のように5つの系統に分類できます。
①閩北語→建甌・松渓・政和・建陽・崇安などで使用。
②閩東語→福州・福清・古田・福安・蛮講などで使用。
③莆仙語→莆田・仙游などで使用。
④閩南語→廈門・泉州・漳州・竜岩などで使用。
⑤閩中語→永安・三明・沙県などで使用
さらにここには明確に分類できない2種類の方言グループもあります。
⑥大田土語・尤渓土語→大田・尤渓で使用。上記①~⑤に囲まれた山間地域で、分類が困難。
⑦閩贛語→邵武・光沢・建寧・泰寧で使用。江西省の贛語との混合方言。さらに、順昌・将楽・明渓は、閩方言・贛方言・客家方言の三方言が混合した過渡的方言。
また、福建省以外で話されている下位方言として
潮州語→広東省東部の汕頭市・潮州市などで使用。
雷州語→広東省西南部の雷州市などで使用。
海南語→海南省で使用。
浙南閩語→浙江省温州市蒼南県・平陽県・玉環県、浙江省台州市洞頭県などで使用。
蛮講語→閩東語に分類され、浙江省温州市泰順県で使用。
などがあります。浙江省南部のそれらは主に福建沿海の漁民の北上によってもたらされたものと見られ、閩南語とあまり変わらないとされています。
一方で、潮州語と海南語もやはり福建人の移動により伝播されたと見られていますが、その歴史は比較的古く(少なくとも4・5百年前)、また地理的にも隔てられているために閩南語とはかなり異なる特徴を備えていて、相互のコミュニケーションは不可能な程度に至っています。中でも海南語が最も閩南語と疎遠であり、雷州語は海南語の一変種と見られています。また、潮州語は閩南語の漳州方言に比較的近いとされています。
閩南語とは
閩南語(びんなんご)は狭義には福建省の廈門(アモイ)・泉州・漳州で話される方言を指し(東南アジアでは福建語とも呼ばれます)、広義では狭義の意味に加えて台湾・浙江省南部・広東省東部及び西部・海南省で話される類似性の高い言葉を指します。
閩南語の下位方言は、竜岩・大田のような他方言との中間方言を除けば、廈門方言・泉州方言・漳州方言の3種に分類できます。
廈門方言は主に廈門で使用されており、泉州方言は泉州市をはじめ晋江・同安・安渓・南安・恵安・永春・徳化・金門の各県に分布し、漳州方言は漳州市をはじめ龍海・長泰・華安・南靖・平和・雲霄・漳浦・詔安・東山の各県に分布しています。
現在閩南語で最も権威のあるのは廈門方言で、閩南語の標準語的地位を占めています。もともと、閩南で最も開発の早かったのは泉州で、宋代には世界的貿易港のひとつとして大いに栄えていました。しかし、元末から海外貿易の中心は漳州に移り、明末以後は廈門が閩南の中心となりました。廈門は鄭成功の反清の拠点であり、清代には台湾への渡航港であり、アヘン戦争(1840~1842年)以後は世界に開かれた貿易港として発展を遂げ、福建最大の都市に成長して現在に至っています。貿易港を中心とする泉州・漳州・廈門の三大地域の方言が現代の閩南方言の中核方言を構成しています。
このように世界に開かれた貿易港を持つようになったことから英語に取り入れられた閩南語があり、「tea(茶)」(閩南語で「テー」と発音)、「sampan(舢舨)」(サンパン、小型の船)、「ketchap(鮭汁)」(ケチャップ、※諸説あり)などがあります。
台湾語とは
台湾語とは閩南語から派生し、独自の発展を遂げた言語です。17世紀から19世紀にかけて福建南部からの台湾に入植した人々の言葉が基礎となって広まったため、閩南語との類似点が多々見られます。
台湾では「台語」(「台湾語」の略ではなく、「台湾閩南語」の略)と呼ばれることもあります。
台湾語は別名「ホーロー語(河洛語・福佬語)」とも呼ばれます。門構えに「虫」の字が蔑称であるというため、台湾に移住した各地出身者の言語が混淆したことによる変質を受けたため、中国で「閩」の字がいまだに使われており中国とイコールの関係であることを敬遠するとともに差別化するため、といった理由があるとされています。
台湾語と一言で言っても、台湾全土でその特徴が一様であるわけではなく、地域によってそれぞれ特色があります。台南は漳州方言の要素(漳州腔)が強く、台北は泉州方言の要素(泉州腔)が強いとされます。とはいえ、一概にそれぞれ中国本土の漳州方言・泉州方言に全く等しいというわけではなく、数世代を経て漳州腔に泉州音的特徴が混じっていたり、逆に泉州腔に漳州音的特徴が見られる場合もあります。台湾では台湾語のこのような特徴を「不泉不漳」と呼びます(または「亦泉亦漳」とも)。とはいえ、台湾語の地域差は他の言語の方言と比較して大きなものではなく、相互理解に困難をきたすものではありません。
なお、台湾島以外に目を向けると、金門島では日本語の影響が少ない閩南語が、馬祖島では閩東語が話されています。烏坵島ではかつて莆仙語が話されていたものの、現在では台湾語が話されています。
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